スナスナ海水浴場のビーチには、ナスビー博士の発明品の浮き輪を使って、楽しく遊ぶクリビー、モモビー、ネギーンの姿がありました。
その様子を見守りながら一緒に遊ぶマルナス助手。マルナスも、日ごろの仕事疲れを忘れて、楽しそうな表情をしています。
一方、ナスビー博士は海岸の西側にある、堤防に囲まれた岬のところを歩いていました。
ナスビー「ところでヴィナスさん、あなたがここに来てくれたということは、あの15年前の約束通り、今、あなたは独身ということですか・・・?」
ナスビー博士は気になっていることを単刀直入にヴィナスに聞きました。
ヴィナス「ああ、今は独身かな。」

ナスビー「今は、というと・・・一度は結婚を?」
ヴィナス「そうさ。あの栗の子たちと同じ年くらいの可愛い娘が1人いるぜ。」
ナスビー「そうだったんですね。私はあれからずっと独身でして・・・今も恋人はおりません。」
ヴィナス「やっぱり・・・。アンタ、モテなそうだもんな。冗談で言ったつもりが、本当にこうなるなんてな・・・。実はオレ、その約束のこと、正直、しばらく忘れていたんだ。でも、この海が埋め立てで無くなることになって、しばらく地元に帰って来てたんだ。約束のことはその時に思い出した。」
ナスビー「え!埋め立てで無くなる!?」
ヴィナス「そうさ。まあ、地元民しか知らない情報だからな。この海は静かでいいところだけど、アクセスが悪いしな。それに、最近は暑すぎるし、海は危険が多いし、海水浴もだんだん人気が落ちてるから仕方ないさ。埋め立て後、ここは大きな広場になるんだ。」
ナスビー「そうですか・・・。それは淋しいですね。でも、そのことがきっかけで、私との約束を思い出したんですね。」
ヴィナス「ハハハ、自分でも若かったと思うよ。あんな思わせぶりな約束して。オレも酷い女だよな。」
ナスビー「いいんです!・・・実は、私の方も、本気にしてなくて、あなたのことはずっと諦めていました。他に好きになった女性もいたのですが、なかなか上手くいかなくて・・・あの約束のことは心の隅にどこかにあって、ときどき気にしていたのですが、今年で15年目だと気づいたとき、この海に呼ばれた気がしたんです。こんな頼りない約束、忘れてしまってもおかしくないのに、行けばあなたに会える気がして・・・。」
ヴィナス「そうか・・・。」
ナスビー「それより、ヴィナスさん・・・」
ヴィナス「?」
ナスビー「話を本題に戻しましょう・・・私とのお付き合いのことです。真剣に考えてもらえますか?」
ヴィナス「そのことなんだが・・・」
ナスビー「ヴィナスさん!私は陰キャのオタク系のではありますけど、昔より少しマシになったんです!15年前は運転免許も持ってなかったですけど、今日は車もありますし、これからドライブも行けます!子供たちは助手と電車で帰らせますので、私たちは再会を祝ってディナーでも!そうそう、2人でどこか泊まりでもいいんですよ!デヘヘ・・・!」
ヴィナス「・・・泊まりは無いわ!」
ナスビー「冗談ですよ!・・・でも、私たち、もういい歳ですし、そろそろ本当に身を固めたいというか・・・。真剣に、長く一緒に暮らすことを考えてのお付き合い、考えてもらえませんか?」
ヴィナス「・・・」
ナスビー「その、まだ小さい娘さんのこと、気にかけて遠慮してるのかと思いますが、この通り私は子供と仲良くなるのは得意ですし、心配なさらなくても大丈夫かと・・・。よかったら今度ぜひ娘さんのことも紹介して下さい。」
ヴィナス「ありがとう。娘のことも気にしてくれて・・・。」
ナスビー「当然ですよ!ヴィナスさんにも、娘さんにも、淋しい思いをさせませんから!だから、ヴィナスさん・・・。」
ナスビー博士はヴィナスの美しい目の色を見つめて返事を待ちました。
しかし、その気丈な瞳が一瞬、少し濁ったように感じました。
クリビー「は~か~せ~!」
クリビーたちが呼ぶ声がしました。
ナスビー「なんだ!今いいところなんだ!!!」
クリビー「見て見て~!!!すごいの作ったよ!!!」

クリビー、モモビー、ネギーンの浮き輪は巨大なウン・・・いや、巨大なチョコレートのソフトクリームの上の部分のような形をしていました。
どうやら子供たち3人は最終的に誰が一番大きなウ●・・・を作れるか対決して遊んでいたようです。
ナスビー「はあ・・・こんなときに、自分の発明のせいでムードがぶち壊しだ!!!」
ヴィナス「ハハハ、まきぐそみてーだな!」
ナスビー「ま、まきぐそって、言っちゃうんですか!!!ダメです、あなたは美しい人なんだから・・・。」
ヴィナス「ハハハハハ、久しぶりに笑ったわ。」
ヴィナスは顔を上げ、明るい笑顔をしていました。
ヴィナス「最後はアンタにも会えたことだし、これでようやく決心がついた。もうこの場所で思い残すことはねぇ・・・。ありがとな!」
そう言うとヴィナスは振り返り、正面からナスビーの方を見てこう言いました。
ヴィナス「今度こそ、ホントにお別れだ・・・じゃあな!」

ヴィナスは少し淋しそうに微笑み、小さく『ばいばい』と、手を振りました。
そうして、気が付くと彼女の姿はどこかへ消えてしまいました。
ナスビー「待って!ヴィナスさん、お付き合いについてのお返事は!?」
ナスビー博士が大きな声で叫んでも、ヴィナスからの返事は返って来ませんでした。
もうヴィナスはどこにもいません。
ナスビー「えーーー!!!そんなぁ、答えがNOなら、なぜ今日ここに姿を現したんですか?なんで、なんで!?」
ヴィナスの行動が理解できないナスビー博士は、その場で叫び、うろたえていました。
ナスビー「うおおおおお~、せっかく会えたと思ったのに・・・ヴィナスさん、ヴィナスさ~ん!」
モモビー「なんか、博士が叫んでるぜ!」
クリビー「ほんとだ。なんか今日の博士、余計に意味がわからないね。」
ネギーン「たしかに。いつも意味がわからないことが多いですけど、今日は更に変ですね。」
クリビーたちからは少し遠くにいるナスビー博士。
ナスビー「・・・。」
ようやく状況を受け入れたのか、複雑な顔をしてただその場でじっと黙っていました。
クリビー「・・・ほんと、変な博士!」
・・・
気が付くと日が暮れていました。
遊びまくったクリビーたちはもうクタクタです。

ナスビー「もう夕暮れ時か・・・そろそろ帰るか。」
一行は車に戻り、スナスナ海水浴場を後にしました。
日か沈んでから周囲は一気に暗くなりました。この辺りは田舎なので街灯が少ないためです。
車は今朝来た道をただ逆方向に、海沿いの長いバイパス道路を進んでゆきます。

帰りの車では、運転手のナスビー博士以外、爆睡でした。
ぐがー、ぐがー・・・
帰り道の車内は、4人のいびきの大合唱で賑やかです。

ナスビー「全く、お前らは運転しなくて済むからいいよなあ。マルナスの奴まで!まあ、今日は子供たちとたくさん遊んでくれて助かったがな・・・。」
車のサンルーフは透けていて、周りに灯りの少ない海沿いの道路からはきれいな星空が見えました。
星屑の中に、夏の星座が美しく輝いています。
ナスビー「せっかく星がきれいなのに・・・みんな寝てて勿体ないな・・・。」
あれ?流れ星・・・

ナスビー「ヴィナスさん、あなたは・・・。」
そもそも、今日一日、ヴィナスさんの姿が見えていたのは自分の気のせいだったんじゃないか・・・時間が経ってからそう気がついたナスビー博士でした。






ヴィナスさんの姿が見えていたのは、自分の勘違いだった・・・なんとなくそう気が付いたナスビー博士でした・・・。
15年越しの心細い約束は叶わず・・・哀しい結末を悟ったナスビー博士でした。
その後のことです。スナスナ海水浴場の埋め立て工事が始まったのは、クリビーたちが海で遊んだあの日から約1ヶ月後のことでした。
美しく小さな浜辺の景色をもう二度と見ることはできなくなりました。
思い出の場所が突然なくなってしまうこと、変わってしまうこと、大人になるにつれ、たくさん経験することになるかもしれません。
そもそも思い出は、そのときしかない景色や音、心とともにあります。そう考えると、見慣れた毎日のことも、二度と会えない出来事の連続で成り立っているんですよね。
今回はナスビー博士の切なくて不思議な恋のお話と、クリビーたちの楽しい海の思い出のお話でした。
みんなも素敵な夏休みを過ごしてね。
おしまい

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