【第21話】最後の海#4

おはなし

15年前、この海であった出来事。

海の家でヴィナスと出会ったナスビー青年。ナスビー青年はヴィナスに一目惚れ。その後、彼女との距離を縮めようと、1人何度もヴィナスの働く海の家に通い続けていました。

そしてもう夏が終わる頃・・・

ヴィナス「今年は今日でこの店も終わりだ。短い間だったけど、たくさん来てくれてありがとな。」

ナスビー「え!今日で終わり?」

ヴィナス「やっぱり知らなかったのか。海の家ってのは一年中やってる訳じゃねーんだ。言っておかないと、アンタ明日も来ちまいそうだと思ったからさ。」

ナスビー「ああ、なんて優しい人なんだ・・・!ますます好きですぅ。」

ヴィナス「ハァ・・・。」

ヴィナスは呆れてため息をつきながら言いました。

ヴィナス「アンタ、オレのファンみたいだからさ。さすがのオレだって責任感じるさ・・・。」

ナスビー「じゃあ、明日から僕はどうすればあなたに会えるんですか?」

ヴィナス「残念だけど、もう会えねーよ。」

ナスビー「そんなぁ・・・。」

ヴィナス「最初から断ってるんだけどなあ・・・。」

ナスビー「じゃあ、最後にお願いです!今日、バイトが終わったら、少しだけ時間をくれませんか?いつもあなたは仕事中で落ち着かないし、2人だけ話したいんだ!」

ヴィナス「う〜ん・・・。」

ナスビー「頼む!」

ヴィナス「わかったよ。でも、オレは絶対暗くなる前に帰るからな。」

ナスビー「やったーーー!!!全然それで充分です!ありがとうありがとう〜!じゃあ、ビーチで待ってるから!」

ヴィナスは仕事納めの後、海岸で待っているナスビー青年のところへ向かいました。

ヴィナス「待たせたな。」

ナスビー「お疲れさま!嬉しい!君と2人きりで話せるなんて!」

ヴィナス「ハァ・・・。アンタのしつこさには正直引いたけど・・・さすがのオレも参ったな・・・。」

ナスビー「あの、早速なんですけど、今日から試しに1ヶ月だけ僕とお付き合いするってのはどうですか?」

ヴィナス「いやいや、お試しも何も、無理だから!それに、オレこれから先もしばらくバイトで忙しいから。この町を出るために金が必要なんだ。」

ナスビー「この町を出る?ああ、君ってこの辺りが地元なのか!いいことを聞いたな〜♪明日からこの辺りを探せばまた会えるかも♪」

ヴィナス「探すって発想が怖いんだよな・・・。」

ナスビー「それにしても、なぜ地元から出たいんですか?こんなに美しい海もあって、のどかでいいところじゃないですか。」

ヴィナス「いいところだけどな・・・オレには夢があって、その夢を叶えるために行きたい場所があるんだ。」

ナスビー「夢を叶えるために・・・??Oh,なんて芯のある素敵な女性なんだ!・・・じゃあ、そのためのお金が貯まった後だったらどう?!僕は、それまで待つ!いつまでも待つから!」

ヴィナス「・・・。」

ナスビー「?」

ヴィナス「正直、最初会った時はオレとアンタがなんて全然考えられなかった。アンタは何も知らねーと思うけど、オレ、最近彼氏と別れたんだ。長く付き合ってたんだけどな・・・。オレが夢を追うことについていけねぇ、いつまでも待てねぇってな。」

ナスビー「え!彼氏と別れた!?やったー!!!じゃあ丁度いいじゃないですか!きっとそんな中現れた僕が運命の人だったんですよー!」

ヴィナス「やったー!じゃねーよ!いやいや、違うわ!アンタのことはないはないんだけど・・・」

ナスビー「ガーン、そんなサラっとないなんて言わないで下さいよ・・・。」

ヴィナス「ごめんよ・・・。でも、今はないって意味で、時間が経ったらどうなるか、自分でもわからなくなったんだ・・・。」

ヴィナスはとても困っている様子でした。いつになくズバッとキツイ口調で反射的な返しをしてくる感じが、いつのまにか消えてしまいました。

ナスビー「今はないけど?これからありになるかもってことですか・・・!?」

ヴィナス「う〜ん・・・アンタ、そんなこと言われても困るよな・・・オレ自分がこんなにグズグズしてる野郎だなんて思ってもなかった・・・。」

ヴィナスは少しうつむき、両腕にもたれて顔を隠しました。そして、少しだけ頭を上げて、覗き込むようにナスビー青年の方を見て言いました。

ヴィナス「アンタみたいにオレのことを一途に待ってくれるような優しい男の方が、オレは幸せになれるんだろうな、そう思ったの・・・。」

ナスビー「ヴィナスさん・・・。」

いつになく女々しいヴィナスの姿に、ナスビー青年は胸がしめつけられるように心を震わせました。

ヴィナス「・・・。」

ヴィナスは人呼吸置いて、一旦自分を落ち着かせてからこう言いました。

ヴィナス「ごめん!でも、無理はむり、ないはないわ!」

ナスビー「へ?」

ヴィナスは健気になって、笑顔を作ったような表情でこう言いました。

ヴィナス「正直、オレだって少し考えたさ。考えたけど、やっぱり無理なんだ。オレ、アンタと一緒に歩いてんの想像したの、したら、やっぱ、キモくて笑っちまった!オレまだ若いし、やっぱりもっと陽キャのイケメン系と付き合いたいからさ!アンタは陰キャのオタク系じゃん?」

ナスビー「ガーン、やっぱり僕はフラれるんですね・・・それに、陰キャのオタク系だなんて・・・。」

ボロくそ言われたナスビー青年はその場で涙が溢れました・・・。

ヴィナス「ハハハ、ごめんよ・・・。もし、15年後くらいに、オレもアンタも相手がいなくて、結婚もしてなかったら、付き合ってもおかしくないんだけどな。」

ナスビー「え!15年後ならOKってことですか!?」

ヴィナス「も、もしもだよ?オレだってその頃はもっとイケメンと結婚してる予定だし・・・。」

ヴィナスの言うことはとても高慢でワガママな冗談でした。それでもナスビー青年は・・・

ナスビー「・・・わかりました!じゃあ、15年後の今日、もしも、2人とも独身で、恋人もいなかったら、ここでまた会いましょう!約束して下さいね。」

ナスビー青年も健気になって、わざと明るく、そう言いました。

ヴィナス「おい、本気にしてるのか?」

ナスビー「本気にしますよ!あなたは冗談のつもりかもしれないですけど、少しでも可能性があるなら、僕は信じます!あなたの言ったことなんですから、責任持って下さいよ!」

ヴィナス「ハハハ、わかったよ。来なくて済むように頑張れよ!オレよりいい女を見つけてくれよな。」

ナスビー「う~ん、はい・・・。」

ヴィナス「ごめん、なんか、アンタには幸せになって欲しくてさ。中途半端なこと言って悪りいなと思うけど・・・。じゃ、オレはこれで!」

ヴィナスはその場に立ち上がり、一歩、二歩と、ナスビー青年から離れてゆきました。

ヴィナス「じゃあな・・・!」

こうして、ヴィナスは1人その場を去ってゆきました。

その場に1人残されたナスビー青年。夕日が沈む海を背に、だんだん遠くに行ってしまうヴィナスの後ろ姿を眺めていることしかできませんでした。

ザザァー・・・。ザザァー・・・。

波の音と共に、ナスビー青年のひと夏の恋は実らず終わりました。

15年後の頼りない約束だけが、ナスビー青年のわずかな希望でした。

その日以来、ヴィナスと会うことはありませんでした。

風の噂によると、もうこの地元には住んでいないとか・・・。

それからというもの、彼女の名前を耳にすることも全くなくなってしまい、時間がたってゆきました。

そしてあれから15年が経ち・・・

今日の日、本当にあのヴィナスが目の前に現れたのです。

クリビー「博士!博士ってば!!!」

ヴィナスとの奇跡の再会ですっかり気が飛んでいたナスビー博士。

クリビーの呼ぶ声が聞こえ、はっとしました。

ナスビー「そうだ!お前たちはランチの心配だったな。」

クリビー「心配じゃなくて、もう絶望だよ!一体どうするの!?」

クリビーが博士に強く迫る中、ヴィナスが口を開きました。

ヴィナス「なぁ、出前でよかったら取れると思うぞ?この近くにある水華軒(スイカケン)のじいさんとばあさん、まだ店やってたと思う。今は次男が店を引き継ぐために修行してて、配達もしてくれるぜ。」

ナスビー「それは、本当ですか?」

ヴィナス「ああ、オレがバイトしてた頃からやってる店でな。よく海の家の従業員たちもそこの出前を取っていたんだ。たしか、この辺りに出前のメニュー表が貼ってあって・・・」

そう言いながらヴィナスはスーッとボロ小屋の中に入っていきました。ナスビー博士はヴィナスの後を追ってボロ小屋の中へ進みます。

すると、ヴィナスはカウンターの奥のキッチン側から顔を出して、柱の部分に貼ってあるボロボロの貼り紙を指さしていました。

ヴィナス「ほら、まだ残ってた!」

ナスビー「ほんとだ!あ、あった!」

それは、ヴィナスの言う通り、茶色く黄ばんでいたものの、水華軒の出前メニューのお品書きでした。辛うじて、電話番号が読み取れます。

ナスビー「・・・とりあえず電話してみるか!」

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

おばちゃんの声「はい、水華軒です~。」

ナスビー「繋がった!!!あの、今から出前お願いできますか?」

おばちゃんの声「はーい、注文どうぞ~。」

ナスビー「やったー!!!頼めるぞ!!!さあ、みんなすぐ決めて!!!」

クリビー「僕、醤油ラーメン!」

モモビー「おれっちも!」

ネギーン「僕も醤油ラーメンで!」

マルナス「ワタシも醤油ラーメン!」

ヴィナス「オレの分はいらねーからな。」

ナスビー「じゃあ、私も醤油ラーメンにするか・・・すみません、醤油ラーメン5個で!」

おばちゃんの声「はーい、まいど~。」

奇跡的に出前の注文をすることができ、お昼ご飯のピンチを乗り切った一行でした。

マルナス「田舎の方だとネットに載ってないお店もあるんデスネ。それにしてもヨカッタヨカッタ!」

・・・

水華軒の次男「おまちど〜さま!」

しばらくして、アツアツの出前が届きました。

クリビー「わーい!」

モモビー「やった〜やった〜!めっちゃ美味そう〜!」

ネギーン「感激ですぅ〜!!!」

・・・

「いただきま〜す!!!」

静かな海に、クリビーたち5人の声が響きました。

他に良い日影が見つからなかったので、ボロ小屋の中に残っていたテーブルとイスを勝手に使わせてもらい昼食を済ませることにしました。

出前の醤油ラーメンは、洗って返さなければいけない陶器のうつわに盛られていました。静かな海を眺めながら食べる町中華は、どこか懐かしい感じの味がしました。

クリビー「はあ~!なんかすごく美味しかった!」

クリビーたちはまだ子供なので『懐かしい』という表現は不思議ですが、大人が感じる気持ちと同じような美味しさを感じたのでした。

ナスビー「ささ、マルナス君、食事も済んだことだし、早速子供たちとあの発明品で遊んで来てくれたまえ!」

マルナス「え!?博士は一緒に遊ばないんですか?」

ナスビー「私は急用ができたのだ、察しておくれ、優秀なマルナスくんよ。」

マルナス「・・・ハイハイ、じゃあ、4人だけで遊んで来マスネ!」

マルナスは博士の持ってきた黒いカバンを持って、子供たちと浜の方へ出ていきました。

ナスビー博士の過去を知らないクリビーたち。ナスビー博士の様子は少し気になりますが、せっかく海に来たので、気にせず遊ぶことにしました。

マルナス「ささ、博士は忙しいらしいから、ワタシたちだけで楽しみまショー!」

「イエーイ!」

クリビー、モモビー、ネギーンの3人は笑顔で叫びました。

マルナス「では早速、未発表の発明品を特別に披露します!」

そう言って、黒いカバンの中から何かを取り出したマルナス助手。

ジャーン!

その発明品とは・・・

クリビー「なーにこれ???」

マルナス「『音声認識なんのカタチでも変身する浮き輪』デース!」

モモビー「え、見た感じ、膨らませてない、ただの浮き輪じゃん?」

たしかに、モモビーの言う通り、見た目は何の模様もない、真っ白で小さな浮き輪です。

マルナス「違うんダナ~!よし!『OK?べーぐる?イルカに変身して!』」

マルナスが浮き輪に向かってそう言うと、浮き輪はプゥ~~~~~ッと、どんどん膨れてゆきました。

モモビー「わっ!なんだなんだ!」

ネギーン「音声を認識して反応したみたいです!!!」

みるみる、その浮き輪は変形し、イルカの形になりました。

モモビー「す、すげー!!!」

マルナス「すごいでしょ!設計図はほぼワタシが考えたんデスケド・・・まあ博士とワタシの共同発明ということで。あ、これはイルカ以外でも、何の形にでもなるんデース!例えば、タコとかワニとか・・・舟とかイカダとか・・・なんでも!」

クリビー「僕もやりたい!僕もやりたい!」

モモビー「おれっちが先だー!」

ネギーン「僕も僕も~!」

マルナス「はいはい、ケンカになると思って今回は3つも用意しマシタ!」

モモビー「よっ!最高の助手!いや、アンタが所長!」

マルナス「デヘヘ。」

冗談でも『所長』と呼ばれて、嬉しそうにしているマルナスでした。

こうして子供たちは浮き輪を自分の好きな形にして海でプカプカ泳ぎ、遊びまくりました。

クリビー「わーい、わーい!このイルカ、生きてるみたいだー!」

モモビー「おれっち作のイカダも本物みたいにしっかりしててカッコいいぜ!ヒュ~!」

ネギーン「僕はタコさんに変身させました!8本の足がうにょうにょ動いてかわいいですよ~!」

子供たちにとってとても楽しい海水浴の時間となりました。

マルナス「おーい!ここは監視員も誰もいないから、絶対に沖の方に流されないように!泳ぎに自信があっても、絶対ダヨ!」

海はとても危険なところです。泳ぐのは楽しいですが、夢中になりすぎて溺れないように!

足の届く浅い場所でも、波の力で沖へ流され、戻れなくなってしまうこともあります。気を付けましょう!もちろん、子供だけで遊ぶのは絶対に禁止です。ふざけないで、保護者の人との約束を守って遊んで下さいね。

以上、作者からの安全な海遊びについてのご注意でした。

さて、おななしの続きに戻りましょう。

その頃、ナスビー博士は・・・

つづく

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